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半世紀以上生きてきた私が躁鬱病の寛解まで復活した経験とカウンセラー・メンタルトレーナーとしての言葉を綴ります。

私の幼少時代。

私は鹿児島県で1963年に生まれました。


私が生まれてすぐ、父が炭坑で働くために北九州市に移りました。


住まいはいやゆる炭坑長屋。柄が悪い人が多く、小学校の先生が『お子さんのためには引っ越したほうがいい』というので、中間市の県営住宅に引っ越しました。


父は戦時中、衛生兵として南方の戦場に召集された経験があったらしく、精神が病んでいて、わたしがものごころがついた頃にはすでに酒乱でした。母は私に『とうちゃんみたいな人間になったらいけんよ』とことあるたびに私に話し、その結果、私は一度も父を尊敬することがありませんでした。


母は後妻で、前の奥さんとは死別でした。
前妻の子どもがいましたが、私よりも15歳も上でしたので優ししてくれました。


ところで、両親はいとこ同士でした。近所の人や親戚からはこうきの目で見られました。


私は病弱で目も悪かったので、心ない人はいとこ同士だからといっていました。


母にどうして私を産んだのか聞いたことがあります。母は『おろしたら、体がもたない』と言われたからだそうです。


母が亡くなってから姉が『自分の子供を産んでおいたほうがいい、って私が言ったのよ』と話してくれました。


私は父を尊敬することもできず、母の真っ直ぐな愛情も受けられないまま育ちました。


今日はこれくらいにしておきます。


最後まで読んで下さりありがとうございます。



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