カウンセリング・メンタルトレーニング・お悩み相談やっています!

半世紀以上生きてきた私が躁鬱病の寛解まで復活した経験とカウンセラー・メンタルトレーナーとしての言葉を綴ります。

私の予備校講師時代。

みなさんおはようございます。


今日は雨なのでウオーキングはお預けです。




私は一流大学の出身ではありません。


講師になりはじめのころは、


それが大きなコンプレックスでした。




しかし、いい先輩方に出会って、


まじめに勉強していけば、


「本物」になれると思えるようになりました。




まず一つは専門教科の学習です。


わたしが高等学校で教えていた内容では、


入試には対応できませんでした。




授業方法もそうです。


100人以上の生徒を50分集中させて


満足させでることは、至難の業でした。




しかし、教師時代の熱血授業を


受験対策に応用すればいいんだ


ということに気づいたら上手くいきました。




さらに、担任業務も大変でした。


100人以上の顔と名前を


カードを見ながら1週間で


覚えました。




28年前から数年は、


勉強勉強の毎日でした。




子育てに協力できなかった


ことを今でも妻に


申し訳ないと思っています。




なかなか認められず、10年がたったころ、


やっと生徒にも予備校にも認めとめられ、


いわゆる「人気講師」になることができました。




こうっとやって書いてみると、


簡単だったように見えますが、


あのころが人生で一番か二番目に


勉強したと思います。




悔しい思いもたくさんしました。


授業アンケートに「おもしろいない」


「高校の時の変わらない」など、


ここでは書けない、書きたくない


ことをたくさん書かれて


プライドをさんざん傷つけられました。




しかし、8時に仕事を開始し、6時ころまでは


授業。その後、高校生用の講座もあり、


8時までは自分の時間がありませんでした。


長くなりした、次にいきます…。

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